-病気の経過に重点をおいて-
今回は、医師が病気を診断するプロセスについて説明します。診療をしていてよくあるやりとりがあります。
- 「先生、そんな話はどうでもいいから、CTを撮ってください」
- 「MRIを撮ったけど異常はないって言われました」
画像診断技術が進歩するに従い、それに対する信頼・期待が高まっていますが、今回はそのような最新技術も落とし穴があるというお話です。
目次
医師が診断をするプロセス
医師は思いつきで病気を診断しているのではなく、いつも同じプロセスに沿って判断するように訓練されています。これは病気を効率よく、かつ見逃しをなくすために、長年かけて考えられてきた知恵です。つまり、このプロセスをすっ飛ばして、現在発達してきた画像検査だけを行なっても、思わぬ落とし穴に陥ることがあります。
落とし穴の一例
32歳の女性。ある日、何となく足に力が入りにくい感じがあり、近くの病院を受診しました。血液検査と全身のCTを受けましたが、全く異常はなく、仕事でのストレスが問題ではないかと言われました。仕方がなく家で過ごしていましたが、どんどん足に力が入らなくなり、手の力もなくなってきました。呼吸もしづらくなり、、、
これは、ギラン・バレー症候群という病気の経過としてよくあるものです。ギラン・バレー症候群とは、手足を動かす末梢神経が、自分の免疫反応の誤作動によって攻撃されてしまうことによって、手足の力や呼吸する力が数日の経過で弱くなっていく病気です。治療が可能な病気なので、適切かつ早期に診断することが重要な有名な病気です。
適切な病歴聴取の一例(病因的診断)
さて、この病気を適切に診断するにはどのようにすればよいのでしょうか。まず、病歴聴取を行います。ギラン・バレー症候群の特徴は2週間以内の急性経過で進行するということが大事なので、実際に症状が進行してきていることを確認します。x日には普通に歩けたけど、x+1日にはよくつまづくようになり、x+2日には立ち上がるときにどこかをつかまらないと立ち上がれなくなり、x+3日には立ち上がることができなくなって、腕も上がりにくくなり、、ということを一つ一つ聞き出します。これで、数日の急性の経過で悪くなっていることが確認されます。
解剖学的診断
次に診察を行って、実際にどこの筋力が低下しているか、腱反射が低下しているかなど、とくに神経機能をみる診察をします。*神経診察については別項で。
臨床診断
これらを行なった上で、どこが(解剖学的診断)、どういう原因で(病因的診断)障害されているのかを判定し、その二つの情報からどのような病気が疑われるのか(臨床診断)を判定していきます。その上で、その病気を特定するために必要な検査を重要度の高いものからピックアップして行うという流れになります。
検査について
まず血液検査ですが、一言に血液検査といっても、数えきれないほどの検査項目があります(検査会社BMLでできる検査に限っても4000項目を超えます:https://uwb01.bml.co.jp/kensa/)。それを全て行うことはできず、能動的に選択する必要があります。このギラン・バレー症候群の場合、抗ガングリオシド抗体というものが検出されますが、その中にもいくつか種類があり、保険適応で測れる検査はそのうち2種類のみです。
ギラン・バレー症候群は末梢神経の病気ですが、末梢神経の異常はCTやMRIなどの画像検査では検出しにくいという特徴があります。神経伝導検査という手足に電気を流してそのスピードなどを測るという少し特殊な検査がありますが、あえてこの検査をしないと異常を見つけることが難しいのです。また脳脊髄液検査でギラン・バレー症候群として矛盾しない検査結果を確認することも重要となってきます。
少し難しい話をしてしまいましたが、これらの判断をしていくのはあくまで医師です。ここで少し覚えてほしいのは、病気の原因を知る一つのヒントとして重要なものが、病気の経過であるということです。
病気の経過と病因的診断
病気の経過のスピードによって、ある程度病気の原因を絞ることができます。以下がその分類です。
- 突発性(数秒〜数分):血管障害、外傷
- 急性(数日〜数週間):感染性、自己免疫性、炎症性
- 亜急性(数週間〜数ヶ月):自己免疫性、炎症性、代謝性
- 慢性(数ヶ月〜数年):腫瘍性、変性、遺伝性
- 反復性:機能性
ここでは各分類の特徴と代表的な病気を少し解説します。より詳しい説明は別の項でします。*頻度の多い疾患の一覧表参照
突発性の病気
わかりやすいのは、外傷です。転倒して手の骨折をしたという状況を想像すると、瞬間的に異常(ここでは骨折)がピークに達していることがわかるでしょう。これが数日から数週間かけてゆっくり転倒したり、ゆっくり骨折したりするということは、ほとんど考えられないでしょう。
これと同じで、血管がつまる病気、脳梗塞や心筋梗塞なども数秒〜数分で症状が出現します。血管内腔自体はゆっくり細くなっていくのですが、最後につまるときは一瞬です。だから、数年前から物忘れが気になって受診した人が「私は脳梗塞ですか」と聞いてくる場合、ほとんどの場合は「ちがうと思います」となります。
急性・亜急性の病気
急性の病気で一番わかりやすいのは、風邪やインフルエンザだと思います。1日から数日で発熱や関節痛、咳、痰などがでることは、みなさん経験されていると思います。逆に平熱でピンピンしていたところに、数秒の瞬間的に38℃台の熱がでてぐったりとなるということはありません。逆に数ヶ月かけてだんだん熱が上がってくるようなインフルエンザもありません。この場合は別の病気を考える必要があります。
先ほどの一覧でも記載した通り、急性と亜急性では少し病気の種類が重なることがあります。病気によって速めに進行するものと遅めに進行するものがあり、個別に検討します。この分類に含まれる病気の種類が最も多いことから、診断が難しいことがあり、かつ治療方針によって予後が変わってくる、医師としては腕の見せ所の重要な分類です。
慢性の病気
数ヶ月から数年かけて悪くなる病気の代表は癌(悪性腫瘍)です。数ヶ月から数年かけて体のどこかに腫れ物ができる病気です。癌ではない良性の腫瘍もありますが、そちらはもっと経過が長くなります。腫れ物も数日で急にできた場合は、多くは癌ではありません。
腫瘍以外の病気の中では、変性疾患があります。頻度の高いものとしては、脳の変性疾患の一つである認知症(アルツハイマー病)やパーキンソン病などがあります。
反復性の病気
この分類に入るもので、頻度の高いものは、片頭痛などの一次性頭痛です。1日頭痛が続いたと思えば自然と改善し、また別の日に頭痛が起こるといったような経過をとります。その他の有名な病気としては、「てんかん」があります。典型的には意識を失い手足をガクガクとふるわせるような痙攣発作を起こしては治り、起こしては治りという病気です。めまいなどもこの分類に含まれます。
まとめ
以上、医師が病気を診断するプロセスと、病気を絞り込む中での経過の重要性を紹介しました。病気の診断には、画像検査なども重要ではありますが、それらはあくまで補助的なものとなります。とくに、病気の経過が病気の種類を特定する上で最も重要な情報であることを少しご理解いただけたのではないかと思います。もう一つ大事なことである、「患者の症状と診察」に関しては、別の項でまた説明させていただきます。こうした考え方を医療者と共有することで、より適切な医療を受けられる人が増えることを願っています。
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