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生理的とは
我々医師の一般的な考えとして、治療はなるべく「生理的」であることを重視します。医師がいう「生理的」というのは、なるべく普通の人間の体の中で起こっていることに近い状態を目指すことをいいます。簡単な例でいうと、水分、栄養をとるのは、口から食べたり飲んだりして、消化管で吸収されることが「生理的」である一方、点滴で補充することは「非生理的」であるといえます。
生理的治療が重視される理由
なぜ生理的であることが重視されるのかというと、人の体には未知な部分がたくさんあり、よかれと思ってすることが、逆に他の部分で悪さをすることがあったりするためです。
たとえば、点滴の例でいうと、まず普通の点滴で生きていくための水分は十分補えます。ただし栄養素はどうかというと、十分なカロリーをとろうと濃い液を点滴すると、血管がその濃さに対応できずに障害され詰まったり破れたりしてしまいます。そのため、どうしても点滴だけで栄養をとらないといけない場合には、より心臓に近いからだの奥まで点滴をする、「中心静脈栄養」というものをしなければなりません。
さて、中心静脈栄養でなんとか水分とカロリー、塩分を補って治療を行なっているとどうなるかというと、ビタミンが欠乏してしまいます。昔はそのことがわからず、ビタミン欠乏を起こすことが頻発していましたが、最近ではどのような栄養素をどれくらい補えば良いかということはわかってきているので、きちんと計算して投与されます。
ではそれで問題は解決するかというとさらに落とし穴があります。口から食べ物を食べると、栄養が腸で吸収されるとともに、腸内細菌叢が正常な状態に保たれます。それが完全に食べない状態になると、腸内細菌叢が乱れ、さまざまな健康被害を起こすことがあり、最悪の場合、腸の中から全身に細菌が入り込んで敗血症になったりすることがあります(bactarial translocation)。
このように、人間の体は複雑な体内の調整によって成り立っているので、ちょっと生理的でないことをした場合に、思いもよらない悪いことが起こってしまうことがあるのです。長年の研究でわかっていることはかなり増えてきていますが、それでも生理的でない治療を行なったときには、思いがけない副作用が起こることがあります。
治療はほとんどが非生理的
さて、そうは言っても、現代医学の治療はほとんどが非生理的です。しかし、すべてを生理的なものに任せるということは、病気になったときに何も治療をせず、ただ治ることを祈ることしかできないことになります。例えば、細菌に感染してしまった場合、放っておくと数日で死んでしまうものが、抗生物質という「非生理的」な物質を投与することで劇的に治ってしまいます。
つまり、「生理的でないという理由だけ」で治療を行わないということは、これまでの人々がつないできた価値を完全に手放してしまうことになってしまいます。
なるべく「生理的」に近いものを選ぶ
それでもなるべく生理的であろうとすることは、余計な副作用を避ける方法になります。先ほどの点滴の例でいうと、やはり栄養は口からとるのが安全です。しかし、もし腸の手術をうけた人がすぐに食事をするとどうなるでしょう。手術した腸が破けたりして、緊急再手術になったり、命を落としてしまったりするかもしれません。なので、しばらくは仕方なく点滴で水分と塩分、多少の栄養を補充します。ただし手術の傷が治ってきたら、なるべく早く口からの栄養を開始します。それがなるべく生理的な治療をしようという考えになります。
一方で、たとえば飲み込む力が弱ってしまった人は、口から食べ物を食べようとしても、十分な量を食べられないことがあります。また、「誤嚥(ごえん)」といって、食道から胃に入るべき食べ物が、誤って気管から肺に入ってしまうこともあります。その場合も点滴をしたりしますが、なるべく生理的にするために、鼻から細い管を胃の中まで入れて(経鼻胃管)、食事を直接胃に入れたりします。もしかすると一般の方々の印象からすると、胃管の方がより「非生理的」にみえるかもしれませんが、食事を消化管からとるという意味ではより生理的になり、体のトラブルは減ります。
治療薬
治療薬に関しても、さまざまな治療薬が開発されています。そのほとんどが非生理的なものですが、それでも使うメリットがある場合に限って使います。そのため、その治療薬が本当に必要なものなのか、問題が解決したのに漫然と続けていないかということには注意する必要があります。ただ、なんでもやめればよいという話ではなく、ずっと続ける方がよい薬があることも事実ですので、主治医によく聞いて、続ける意味を自分で理解・納得して続けてください。
まとめ
- 生理的でない治療は、思わぬ副作用をもたらすことがある。
- 現代医療のほとんどは非生理的なものである。
- それでも医師は、なるべく生理的な治療を目指すように教育されている。
- 非生理的な治療を受ける場合は、その理由をきちんと理解した上で、納得して治療を受ける必要がある。
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